スタッフ通信


VOL.66 2012/07
柔軟性
 柔軟性のないリーダーの下で働くことは不幸なことです。ビジネスにおける柔軟性とはすなわち適応能力。かつ突発的な事変に対する判断能力。決断力。対応力です。いつの時代もこれが下手だと事がうまく運びません。大切なことは柔軟性という能力を備える事です。そしてリーダーともなると、それは必須です。柔軟性のないリーダーの下で働くスタッフは、残念ながら、いつも馬鹿げていることが多い。考え方に応用力がないのです。
 今月はそんな話を少し・・・。
 4時30分の電車で到着した私達は、5時の開店15分前にはその店に到着していました。去年の話です。梅雨が終わって夏本番でした。とにかく暑かった。和食居酒屋でファサード(外観)も良く出来ているその店は、見た目、実に良い店です。店員が店の前で打ち水をしていました。汗をぬぐっている私達にようやく気付いた店員さんが、こちらに来て言いました。「ご予約のお客様ですか?」と。
 クーラーの効いた店内への助けを求め「はい。そうです!」と、救いの声で答えました。すると店員さんは「オープン時間までもうすぐですので、あと少しお待ちくださいね」と答えました。しかも笑顔で・・・。
 一緒にいた客人が「お兄さん。暑いから中に入れてよ」とせがみました。私達も大いにそれに賛同しました。すると店員さんは「あっ、はい」と、慌てた感じで、店内に入っていきました。店長に相談するのかな? 10分程待ちました。店員が戻ってきて言いました。「待たせてすみませんでした。中へどうぞ」と。すでにオープン時刻の5時でした。
 その店とは面識もありません。訳あってその店の視察をする事となり、私がその予約を担当する事に。もう少し遅い集合時刻にすればよかったかな・・・。
 店に入り、客室に案内されました。内装やアンティークも良く出来ていて、良いお店です。先ほどとは違った店員さんが、おしぼりを持ってきました。ひとりひとりに手渡しで広げてくれました。冷たく冷やしてありました。良いサービスだ。そう思った私です。が、上座の奥まではさすがに彼も届かない、私は、「いいよ、こちらで回すから(おしぼりを)」と言いました。すると店員さんは、「いえ、私が参りますよ(笑顔)」と、言って奥の客人に、おしぼりを手渡しで渡していくことになりました。その店員さんの動線を確保する為に、みんな前かがみになり協力します。全員の背中を通っていきます。円卓の周りをぐるりと行く店員さん。そういうキマリなんだろうなぁ。悪くないんだが、もうちょっと柔軟に対応すればいいのに・・・。
 全員ビールを注文しました。お造りが美味しいと聞いていたので、当然にこれも注文しました。またそれ以外にも揚げ物や焼き物など多数注文しました。冷たいビールが運ばれてきました。一杯目は本当に美味しかった。しかしお造りがなかなか運ばれてきません。テーブルにあったお通し(つきだし)もなくなりました。ビールのおつまみがなくなったのです。こうなるとビールはまずくなります。飲食店に来て食べるものがないのです。おなかペコペコなのに。さすがにひとりの客人がコールボタンを押しました。店員がやってきました。客人は「ビールのおかわりをもらおうかな」と言いました。その客人が優しい方だと私は思いました。「料理はまだかい」と聞けば店の恥になる、だから店員さんを呼んで、ビールのおかわりをする。視線をからっぽのテーブルに投げかけながら・・・。こうなると店員さんは当然に言わなきゃならないセリフがある。「お料理が遅れててすみません・・・」と。で、店員さんは言いました。「当店はお造りを先に出すことになってまして、もう少し待っていただけますか?」と・・・。
 今度は5分程して店長がきました。名札に店長とありました。店長は「お客様、あと数分で、美味しいお造りがきますので、もう少しだけ待って頂きたいのです。当店はお造りに自信をもってまして・・・・・(続く)」。
 聞かされること数分で、まったく別の店員さんがお造りを持ってきました。威勢のいい声で「お造りッ、お待たせしましたッ!」って感じです。室内はシラーとしたものでした。腕のいい料理人の作った見事な魚が死んだ瞬間でした・・・。
 子供がはしゃいで行灯(あんどん)を蹴飛ばし倒してしまいました。店員がこれをもとに戻しました。別の子供が追っかけてきて、また行灯(あんどん)に引っかかりました。店員が気付いてもとに戻しました。さらに子供がはしゃいで、またまた行灯(あんどん)をひっかけました。行灯は壊れました・・・。
 「お手洗いが混んでるから、空いたら、言ってくれる?」客席から聞こえました。よくある会話です。耳をダンボにして聞きました。店員さんは「はい。でも、ちょっと待ってくださいね・・・」どうやら、どうしていいかわからない様子でした。
 「もう少し濃くしてよ!」と声がする。見てみると酔客が焼酎の濃度を要望している。店長がやってきて「一杯分の分量がきまっているんですよ(と店長)」。酔客はいいます。「そこを何とかさぁ・・・」「じゃぁ、ロックを一杯もってきましょうか? それを混ぜれば・・・(続く)」、キマリを重視するために必死です。焼酎を少し多めにすることで発生するコストと、柔軟性がないから失う店の信用、売上、心地良さ、再来店の可能性・・・。
 ひと通りの注文をして、食べて、スタッフを眺めて、店内を観察して、それなりに感じたことがあります。この店は、かなり、何かが、ちぐはぐ、している。
 私はこの店に来ることは今後絶対にない。来たくもない。この店は何でこうなったのだろうか? この店は、柔軟性や応用力に欠けている。でも、なんでこうなったのか?
 突発的な要望や、無理難題を言われることは、酔客を扱う酒場ではよくある話だ。そんな難題を瞬時に判断し、気の利いた答えをだす。いつもルールはあるが、ルールを無視してあげる事で成立する顧客満足だって当然ある。ルールを無視してサービスしてくれた事を知った時、顧客は極上のうれしさを感じるのだ。
 アナタが今まで生きてきた様々な経験の中で、相手に対しての心地良さや心配りを考える。突発的であろうが、困難な要望だと感じようが、それが例え、無理難題であろうが、アナタが考える、お客様の「ニッコリ」とは、いったいどんな事なのか? それを考える。そして実行する。瞬間的な芸当だ。だが、それが酒場の仕事ってものだ。こう言われたら、ああ言う。そしてほっこりとする。時として豊かな笑い声が生まれる。それが酒場だ。チェーン店やレストランはそれが出来ない。オペレーションという名のキマリがそれを許さないのだ。ルールやキマリがアナタの可能性を阻害するのだ。
 もちろんルールやキマリは大事だ。でも、それより大事な事もある。それは顧客の「ニッコリ」だ。当社の礎である、「美味しい」は「ニッコリ」につながる。とはそういうことなのだ。
 一人が持つ力などは正直言って知れている。でもその一人から発する機転や、お客様の要望になんとか応えようとする誠実さは、時として、その店を大繁盛店にする。そこにはいつも柔軟性や応用力がある。本人の権限を超えても、顧客を幸せにしようという想いの強さや行動力がある。そしてそれらを可能にする店舗の環境や、すぐれたリーダーの存在がある。それが繁盛する酒場であり飲食店なのだ。
 ちぐはぐしていたその店は先日ついにつぶれた。多くの負債を抱えてつぶれた。私に居抜き物件として出店要請があった。中を見に行った。あの時の光景がよみがえり、ゾッとした。ステキな店の装飾も荒廃していた。飲食業は正直だ。アナタの店は大丈夫だろうか? 

人は不合理で 分からず屋で わがままな存在だ。それでもなお人を愛しなさい K・M・キース

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