■■■■■
スタッフ通信
■■■■■
VOL.58 2011/10
川沿いの一杯飲み屋
若かった頃、仕事が終わると上司に連れられて、冷たいビールをよく飲みに行ったものです。職場の近くにある、川沿いの一杯飲み屋のことです。
「お疲れ!」。いつもそうやって私達を迎えてくれる、そんなお店です。夏ならカチコチに凍ったおしぼりが出てきて、脇の下で解凍し、顔を拭きます。店は実に古いが手入れがよく行き届いていて、清潔感はありますが、野球中継のテレビはさんざん故障したりして、近くの客が、時折、バンッとたたきます。
お店はカウンター10席と小さなテーブルが3つ程度しかなく、本当に古くて茶色がかっている。いつも無口な大将と、おかぁちゃんと、アルバイトのきっちゃんの3人回しです。お客様は必ず数人いて、日が暮れると結構忙しい。そんなイメージのお店です。
私はその店で働くきっちゃんの笑顔が大好きで、とても癒されたものです。彼女はいつも「今日も怪我なくご苦労様でした」と言って、冷たいビールをもってきてくれます。常連の私達が少し危険な仕事であることを知っているから、きまっていつもこの言葉なのです。ビールの泡が多い時は、「入れ方、失敗したからこれあげる」と言って小さいビールをもってきてくれます。彼女は友達のようにフレンドリーに、どのお客さんにも気の利いた声をかけ、自分スタイルの極上の接客をしています。時々、家で作ったクッキーを私たちにくれたり、近くの畑で採れた、土のついたジャガイモを見せて、それを大将がふかし芋にしてくれたり。ビールのお変わりが欲しいなって思って彼女を見ると、笑顔で「おかわりねッ!」と言って洗い場からビールサーバーに移動したりします。
ここでのひと時が私は大好きでした。毎日、来たいなと思うほどでした。
その日のきっちゃんは「今日は山わさびがあるよ」と言ってくれたので、私は「いいね。ちょうだいッッ!」と、注文しました。私がわさびに目がないのを知っているのです。
実はその山わさびは、おかぁちゃんときっちゃんが1週間前に山に取りに行き、その茎を漬けたのだそうで、ちょうどいい頃合いだからと言って私達に出してくれたのです。
その味ときたら、そりゃ美味しくて。ツーンとしていて切れがよく、ビールには最高によくあうおつまみでした。極上のひとときでした。深く幸せを感じたと同時に、しんどかったその日の汗が拭われて、明日も一生懸命に働こうと感じたものです。
あの頃の私は、この店でエネルギーを注入してもらい、毎日のつらさを乗り越えていたのだと思います。当時、私は、遠距離恋愛をしていたから、きっちゃんの顔を見ては、遠くの恋人のことを想い、頑張らなきゃ、と自分を励まし、未来を見つめてた。どんなに辛い時にでも、希望を見つめる事が、この店で出来たのだと思います。
今も私はこの店の事を深く覚えています。このお店の情景を時々思い出しては、心地良い空間で癒された自分をよく思い出します。きっちゃんの笑顔を思い浮かべては、私が考える飲食業の理想形がここにはあり、今このようなお店が、町の中で、どんどんと少なくなってきている事に危機感を感じてもいる・・・。
私はね、私達のお店を通じて、労働者の疲れた体を癒したい。傷ついた若者に未来の希望を見せてあげたい。人々の明日を創造し、仕事の反省をしたり、優れた商品開発の場となったり、恋がそこで実ったり、記念日の良き日を共有したり、涙を拭ったり、笑ったり、そして、エネルギーの充填が出来たり・・・。
そうする事で、私はたくさんの幸せを、希望を、スタッフにも、お客様にも感じてもらいたい。そのような事を実現出来る飲食業を私は好きだし、誇りをもっている。私達のお店で働くスタッフが私の自慢だし、来店してくれるお客様と地域に心から感謝している。そんなお店。そんなみんなが、私には大切でならないのです・・・。
アナタにとって大切なことがあるなら、それはなんですか? アナタは知らないかもしれないが、アナタの味を、そしてアナタの笑顔を、楽しみにしている。そんな人がアナタの周りにはたくさんいて、アナタを影で、支えているのかもしれません・・・。
変化は、ゆっくりと訪れる ポール・マッカートニー