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スタッフ通信
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VOL.32 2009/08
初期導入の重要性
最初の一歩を踏み出してその扉を開ける瞬間がどれだけ困難か・・・。
あまり意識をしないかもしれませんが、以前その昔、世の中の居酒屋さんはあくまでも老若男女すべての人のものではありませんでした。一般的なお父さん文化であり、サラリーマン文化でした。決まって居酒屋さんの表には赤い提灯が並び、雑然と近寄りがたいものでした。今のように女性が気軽に来るようなそんな場所になったのはここ最近です。ですから今でも地方に行くとそのような昔風の居酒屋さんが存在しているし、居酒屋で働くと娘が言うと親は眉をしかめたものでした。それが今やどうでしょう。日本全国の居酒屋さんは立派な飲食店の一部として認知され、ついぞ昔は水商売などと罵倒されていたのにも関わらず、上場企業まで続々と排出し、企業として成り立ち、ビジネスとして社会の一翼を担い、人気の就職先にまで名を連ねていた事さえあるくらいです。
しかしです。そんな今の居酒屋でもどういう訳か、やはり、始めて入るお店の最初の一歩はすごく緊張すると言うか、心配するというか、不安になるというのが本音ではないでしょうか?
初めて扉を開ける瞬間に発生する、無意識の中の不安感。
初めて入るその空間に人は何らかの警戒心と期待感をもっているのは確かでしょう。
全国展開をねらった居酒屋黎明期の大手はここに着目して、顧客の導入部分の敷居の壁をいかに低くするかに執着しました。多くのチェーン店はその昔、中が見えるようにして安心感を与えたり、価格やメニューを表に出して明朗会計を訴えたり。それは今でもよく見る光景でもあります。どちらにしても飲食ビジネス、特に居酒屋ビジネスはその初期導入がひとつのキーとなり、この壁をどうやって打破していくかを考察し、これが元になって居酒屋の表玄関は劇的な進化を遂げるようになって来ました。
またこれにより多様なお客様を囲い込む事に成功し、このお客様に対してのニーズを満足させる為にメニューは進化し、通常の居酒屋からよりファミレスに近い形となってきたのです。これが飲食業の中における居酒屋ビジネスの簡単な流れです。
しかしながら、そんな中においても、人としての無意識な感情や感覚などは昔とさほど変わっていないと言われています。最初の一歩、始めて扉を開ける瞬間の感覚、それはどんなに安心感が豊かになり、簡単に入れる外観作りをしてみたとしても、人としてのそれはそんな早急に変わらないと言うことです。飲食業はこれが顕著に現れる業種です。人の体の中に入るものを提供しているからかもしれません。または人として最も大事な癒しを提供しているからなのかもしれません。
一度は経験した事があると思います。「ああ、やっちゃったか・・・」入った瞬間に感じる感情。中には扉を開けた瞬間に、また今度来ます。なんて事もよくよく理解の出来る事です。それだけ飲食業や居酒屋業はお客様の初期導入が難しく大切であるということなのです。
すぐれたプロの店員は、顧客の不安感をよくよく理解して行動することが出来ます。お客様の目をみて、初めての方かどうかを察知し、瞬時に不安を抱いているかどうかを読みとり、これに対して対応をする事が出来るのです。高等なテクニックです。
私達は食べ物だけを提供しているのではありません。ついぞ昔は美味しい食べ物だけを提供していれば飲食業や居酒屋業は成立していた時代もありました。しかし今や飽食の時代。どのお店に行っても十分に美味しいのです。するとお客様はそれだけでは満足しなくなりました。それは価格であったり空間であったり、サービスであったり、居心地の良さであったり、他との強烈な差。これを求めるようになって随分と時代が経っているのです。
アナタのお店は入って来たお客様をどのようにお迎えしていますか? 不安な気持ちになっているお客様を察知するスタッフはどの程度いますか? またそんな時にどんな対応をしていますか? 最初の一歩は、後のお客様のすべての感情を左右するのです。
物を販売する仕事(大型物販業・販売業)ならば、手にとってレジにさえ行かなければいいので不安感はそんなにはありません。しかし飲食はそうは行きません。勇気がなければ一度入ったのに無言で出ていくと言う行動はなかなか出来ないものです。
扉を開けて入った瞬間の不始末。これを覆すのは結構な労力とエネルギーのいる仕事です。最初の顧客導入がどれほどに難しくその後のサービスの質にどれだけ影響を与えるか。これで分かってもらえたでしょうか?
ともすればこれは初めてのお客様にのみ該当するように思いがちですが、そうではありません。過去に何度か来店のあったお客様も抱く思いは同じです。前と同じであるかどうかの不安。一緒に来た上司は(彼女は友人は)この店を気に入ってくれるだろうか? 自分をきちんと受け入れてくれるかどうか? 料理の鮮度は? 価格は? 等々の不安が顧客の潜在意識の中に介在し、そして最初の導入を迎えるのです。お客様は損をしたくないのです。そんな打算的な考え方に潜在意識が働くのかもしれません。
潜在意識とは、自分も知らない間に感じている感情であったり、無意識の中に働きかける強烈なやっかいものです。顧客は心のどこかで不安なのです。そしてこの不安感を一気に払拭してくれるのが「いらっしゃいませ」の言葉と、満面の笑顔なのです。
中には言葉があっても笑顔がなかったり、笑顔があっても気持ちが伝わってこなかったり。こうなると本末転倒。そしてそのお店はその後お客様を喜ばすのに極めて難しいハンディを負うはめになるのです。
さてアナタの店はいかがですか? もし理想的な顧客導入が適ったのであればその後は何をしていても美味しく、よほどの事がない限りは満足して帰られる事でしょう。ラストの会計と顧客の受けたサービスのバランスが良ければの話ですが・・・。
繁盛店を紡ぎ出す事は簡単です。お客様が山のように来てくれる店を作る事はそう難しくない。でもなぜにそんな店がこの世にそうそうないのか。それは簡単な顧客心理を理解せず、あくまでも店側の都合にたった店側の運営目線になっているから。たったそれだけなのです。
初めての来店で扉を開けても誘導と案内のないお店。
予約したのに待たされる、また予約の確認に手間取るお店。
勇気を出して入ったのに笑顔がなく歓迎ムードの感じられないお店。
それらこれらはすべてお店の都合であって顧客にとっては痛く悲しい話です。本当の飲食店って、理想的な飲食店ってものは一体どんなものなんだろう?
お客様が喜ぶ → 働く私達はうれしい → うれしさは厨房に伝わる → 厨房のうれしさがホールに戻ってくる → ホールスタッフはその笑顔をまたお客様に伝える → お客様はさらに喜ぶ → 働く私達はうれしい → ∞(無限の輪廻)
飲食業は、単純なこのサイクルの上にあるって事を知るか知らないかは、結果を出せるかどうかに大きく関わってきます。そして何よりも楽しく働く事が出来るかどうかの大きな問題なのです。どうせならとことんお客様を喜ばせたいものですし、とことん笑顔溢れる店内でありたいものです。なぜならそんな風にいい雰囲気を出しているお店のオーラは必ず顧客に伝わるものだからです。もしアナタのお店に怒号や叱責や衝突が多々あるようなら、顧客は店に入った瞬間にそれを無意識のうちに感じます。それが初期導入における顧客のやっかいで恐ろしい潜在意識というものなのです。
人はハッピーなときにこそベストな仕事ができる。 ビリー・ワイルダー(米 映画監督)