スタッフ通信


VOL.25 2009/01
パーソナルエリア

 どうしても侵されたくないパーソナルエリアというものを人は持っています。心理学でよく利用される言葉で、両手を広げた範囲内がそう呼ばれるのだそうです。パーソナルエリアは別の簡単な言葉で言えば、自分を中心とした見えない円形のバリアのようなものだと思えばいいでしょう。このパーソナルエリア内は自分のテリトリー。そしてその外は世間という事になります。もっとわかりやすい事例で言うと、満員電車でストレスを感じたり、アナタのすぐ近くに他人が「ニョキッ」と顔を寄せてきたら少々嫌ですよね。それが友人だったり家族だったりする時と、まったくの他人で面識がない場合とでは反応が違います。他人だと当然に驚いて身構えてしまいますが、身内だとそうはなりません。言わばパーソナルエリアの大きさは相手によって違うという事なのです。これは接客業の基本中の基本で、お客様が持つパーソナルエリアの大きさを、いかに理解し、コントロールするかが、出来る接客と出来ない接客の違いなのです。
 出来る接客をする人は、お客様のエリアを瞬時に読み解き、みるみる小さくさせてしまいます。それはあたかもお客様に魔法をかけるかのように、急激にお友達になってしまうということです。これは他人との関係を表面的に上手く構築する技術で、1ヶ月かけて魔法をかける人もいれば、1週間でそれをする人もいるし、たったの3分でそれを見事にしてしまう人もいます。そういった接客のプロ中のプロには通常そう簡単に出会うことは出来ませんが、当社の各店舗にはそういうスタッフが実に多くいます。そういったスタッフは意識無意識に限らず、パーソナルエリアが見えているのでしょう。言わばそれは「気配り」「心配り」という言葉で訳すことが出来ます。プロとしてお客様の「気配」を感じ「心配」をし、プロとしてお客様のエリアの大きさを測り、どんな接客方法が最適なのかを判断する。この技術が最も必要なのが接客業であり、だからこそ接客業は極めて難しく、頭脳を要する仕事とも言えるでしょう。このテクニックを磨くことは簡単ではありませんし、すぐに出来るものではありません。気付きのテクニックを磨くことが求められる難しい仕事。そんな難しい仕事を難なくこなす接客のプロでも敵わない時があるといいます。以下に記すのは、長年ホテルオークラで教育主任をしていたある方から教えて頂いた言葉です。「プロの仕事を意識する者には弱点がある。それは気持ちの表現方法をテクニックでカバーしようとするところ」なのだそうです。つまり「パーソナルエリアの大小を理解し、そのポイントをテクニックでこじ開けようとした瞬間に、すべて見破られてしまう」のだというのです。これは私にも何度か経験があります。昔、金払いのいいお客様がいました。私は常連様になって欲しく、様々な方法で、この気難しい男性のエリアをこじあけようとし、結果、散々無理だったその方に、17歳の新人アルバイトの男の子がビールをこぼしてしまいました。これはまずいとフォローに行こうとした時、アルバイトのその子がとっさに、自分のハンカチをポケットから出してテーブルのこぼれたビールを拭き、お客様に謝りだしました。ハンカチはベトベト。お客様のスーツも濡れ「まずいっ」と思った次の瞬間、そのお客様は笑顔を見せたのです。そしてエリアは解かれ、彼のエリアと一体化し、お客様は憤慨するどころか逆にその子と仲良くなってしまったのです。私はその時の事を今でも鮮明に覚えています。自分の接客がいかに姑息であったかを感じると同時に、お客様を幸せにする為には、技術よりも心が大事であることを思い知らされた瞬間でもありました。パーソナルエリア。それは実に複雑で難解なエリアなのですが、それを解く鍵はテクニックなどではなく、たった一瞬の心の深さにあるのかもしれませんねぇ。
 本気で心を語るつもりなら、言葉を飾る必要などあろうか・・・。 ゲーテ

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